星守のモノ 第1話

第1話 少年の星

文/安部 陽子 イラスト/なか山 浩太朗

夕日で、空の端が燃えるように赤く染まるころ、
モノは、ふいにため息がでる時みたいに、
ふと空を見上げた。

これから、空はだんだん暗くなって、
鳥たちは鳴くのをやめ、
森は、夜空を想って静まりかえる。
夜のはじまりだ。

夜空に、星の灯りをともすのが
星守(ほしもり)のモノの仕事だ。
モノが星に灯りをともすと、夜空に星が輝く。
夜空に星が輝くと、
鳥たちは、今夜もいつもと同じ夜がやってきたことを知って、
ほっとするのだ。
その日、モノが森の小屋を出ようとすると、
小屋の前に虫カゴを持った少年が立っていた。
「これ、きみのおうち?」
「うん」モノがうなずいた。
男の子はすぐモノが好きになった。
何でもまず、好きになってしまう、そんな年頃の男の子だった。
「星を取りにきたんだ」
月が一人で寂しそうにしている夜空を指さして、
「星は空にあるんだよ」とモノが教えると、
男の子はくやしそうに、下を見てうなだれた。
「星が好きなの?」とモノが聞くと、男の子が
「うん」とうなずく。

「ここまで、すごく遠かった・・・」
男の子は、ペタンと草の上に座り込んだ。
モノも横に並んで座った。
その時、少年の虫カゴからかぶと虫が這いできた。

モノが捕まえようとすると、かぶと虫は飛んでいってしまった。
「あ」
すると男の子は首を振って、
「かぶと虫は真っ黒で、のろまで、虫かごに入れたら
すいかでベタベタになったから、もういらないよ」
と言う。
「このカゴに星を入れてもってかえるんだ」

夜のはじまりから、時間がたち、
あたりは、森と空の境界がわからなくなっていった。
森と空のちょうど中間で、何かが光った。
月の光を受けて、眩しくまたたいている。
さっき飛んでいったかぶと虫が、木に止まって、
ブローチのように輝いているのだった。
男の子はじっと見て、
「星みたいだ」と言った。

月が雲でかくれてしまうと、
かぶと虫はもう光らなくなり、
目を閉じても、目を開けてもまっくらになった。
二人は、まっくらな暗闇の中に浮いているような気分だった。
モノが星に灯りをともす時間はとっくに過ぎている。

「空は遠いの?」と男の子と聞くと、モノは
「どれぐらい遠いかなんて、考えたことないんだ」と言う。
男の子はじっと考えた。

雲が風で流れると、また夜空に月が現れた。
まるで、星がでてないことにびっくりして、
じゃあ、ボクが夜空を独り占めするよ、というように、
戸惑いながら光りはじめた、その時。
「さとるくーん・・・さとるくーん・・・」
遠くから男の子を呼ぶ声がする。
モノが、すこし慌てて
「空は近いかもしれないよ」と言うと、

男の子は、森の方をじっと見て、
「今帰らないと、二度と会えないんだ」と言った。

「星を取るには、ボクはまだ子供すぎるんだね」
モノは、小さくうなずいた。
「大きくなったら、きっとくるよ。じゃあね」
男の子は、手を振って森に向かって走っていった。
森の中から男の子が振り返った時には
もう小屋の前に、モノの姿はなかった。

いつもように一人で夜空に登ったモノが、
空から見下ろすと、
森の中の男の子は、とにかく一生懸命に走っていた。
モノは最初の星を、男の子の頭の上につけた。

そして、森の入り口にいる、男の子の両親を見つけた。
モノは、3人が出会うまで、
ほかの星の灯りをつけないでおくことにした。

男の子は、星をもってかえることができなかったけれど、
今夜、この星は少年の星なんだ。とモノは思った。

     

    星守のモノとは?

        毎晩、月にのって、星に灯をともすウサギ、星守(ほしもり)のモノの

        星や星座にまつわる小さな物語をお届けします。

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